先日、菅義偉新首相は、自治体ごとに異なる業務システムを2025年度末までに統一するよう指示すると共に、行政のデジタル化をけん引する「デジタル庁」創設に向けた基本方針を年内にまとめるよう指示しました。
今回のコロナ禍でリモートワークやデジタル化の必要性がより高まり、行政におけるデジタル化の機運もかつてないほどに高まっていますが、藤丸敏衆議院議員は、DX(デジタルトランスフォーメーション)やオープンイノベーションを考える上でノーコード開発の活用が重要になるといいます。
今後、ノーコード開発は、DXやオープンイノベーションをどのようにして加速させていくのでしょうか。今回は、藤丸議員に日本の今後のデジタル戦略の展望と共に、ノーコード開発の活用について語っていただきました。
1960年生まれ。東京学芸大学教育学部卒業。自由民主党所属の衆議院議員(3期)。元内閣府大臣政務官・防衛大臣政務官(第3次安倍第1次改造内閣)。財務金融委員会理事、金融調査会幹事長代理、財務金融部会副部会長。
ノーコード開発とDX
-DXを考える上で、ノーコード開発に注目したキッカケについて教えてください。
DX(デジタル・トランスフォーメーション)とは、これまでIT・デジタルを有効に活用することで、文書や手続きを徹底的に効率化し、国民と行政、双方の生産性を抜本的に向上させ、仕事のやり方、政策のあり方を変革していくというものです。DXを推進する上での障壁となる課題をそれぞれ検討していったところ、少ない学習時間で習得することができ、低コストかつ高速でアプリを開発できるノーコード開発に注目したのです。
–ノーコード開発は具体的にどのようにしてDXを加速させるのでしょうか?
DXと一言でいっても様々なツールや手段がありますが、DXの本質とは、最適なデジタル化により、働く人々の価値と生産性を最大化させることにあると言えます。
言うまでもなく、企業の各部署はそれぞれの特有の課題を抱えていますが、その業務を改善させるソフトウェアをオーダーメイドで開発するとなると、コストも時間もかかってしまします。専門知識を持った開発者ではない従業員でも、自分の部署の業務改善アプリを開発できるようになれば、企業内でのDXが促進され、わが国の生産性の向上に大きく寄与することが期待されます。
実際に、業務改善のためのノーコード開発ツールはGoogleやMicrosoftなどが力を入れています。彼らは、市民開発者というキーワードを掲げ、誰でも簡単に業務用ソフトウェアを開発できるサービス環境を提供しています。
また、マネージャー層が技術や開発現場のことを理解できないがために開発者との間で齟齬が生まれるといったことはよくあると思いますが、年配のマネージャー層に一からプログラミングを学べというのは現実的ではありません。
かつて、Mac がGUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)を採用して直感的に操作が出来るようになったことで、PCが一般の人にも爆発的に普及しましたが、直感的な操作によるアプリ開発を可能にするノーコード開発でも同様のことが期待できます。ノーコード開発で、より多くの人々が気軽にアプリ開発に携われるようになれば、マネージャー層と開発者たちの溝も小さくなりデジタル化も加速することが期待できます。
ノーコード開発がオープンイノベーションを加速させる
–オープンイノベーションにおいてもノーコード開発ツールが有用だとお考えとのことですが、詳しくご説明頂けますか?
内閣府は、オープンイノベーションの創出にも力を入れています。ノーコード開発ツールにより、ITの技術者でなくてもアプリケーションを開発することができれば、従来、スタートアップとは遠い業界と目されていた人たちの参画も促進します。例えば、医師や弁護士などのIT業界からは遠い特定の分野の専門家は、顧客のニーズを正確に汲み取りサービスを行う能力はあっても、同時にソフトウェア開発の能力を持ち合わせている人は多くはありません。
現在、世界の人口の0.3%しかソフトウェアの開発ができないと言われており、イノベーションと言えば、決まってIT業界の人たちがその主役を担うものとされてきました。それ自体が悪いことではありませんが、ノーコード開発ツールにより、あらゆる産業のあらゆる業種の残りの99.7%の人もソフトウェア開発に携われるようになり、自分のアイディアをカタチに出来るようになれば、今までににない新しい視点からのアプリ開発が増えることが期待されます。これは、異業種・異分野の人達が参画して改革を進めていくというオープンイノベーションと非常に相性がよいのです。
ノーコード開発ツールとIT教育
–藤丸議員は、プログラミング教育の現場においてもノーコード開発ツールが有用だとお考えのようですが、具体的に教えていただけますか?
ご存知のように、プログラミング教育の必修化は、新学習指導要領における情報教育の強化を目的として策定されました。そのため、プログラミング教育の狙いは、単にコーディングスキルやプログラミング言語を教えることではなく、問題解決のために逆算的に物事を順序立てて解決していくプログラミング的思考を養う事や、情報活用能力の養成を目的としています。
プログラミングを通じて、試行錯誤を繰り返す事で問題解決のための手段を論理的に組み立てていくという教育体験を提供するという狙いは理に適っていますが、これらの能力を養うためにはノーコード開発ツールの併用も有用だと考えています。ノーコード開発ツールを使えば、年齢に関係なく数日のうちにアプリケーションを開発することができます。生活や社会における問題を解決していくという制作の過程や、結果の評価、及び修正といった動作をより少ない学習コストで自然と身に付けられるのです。
格差をなくすイノベーションを
–その他、ノーコード開発ツールは社会的にどのような社会的意義がありますか?
先日、平井IT担当大臣は「私の母のような高齢者が喜べないデジタル化ならば、それは高齢化が進む日本の社会において機会均等を実現できません。」と語っていましたが、これには重要な示唆があります。
今後求められるDXとは社会全体に良い影響を与えるものでなければならず、地域の中小企業や高齢者など誰もがそのメリットを享受できなければなりませんが、そのため、DX格差を防ぐための対策、いわゆるデジタルミニマムの概念も非常に重要です。
従来のイノベーションと言えば、ごく一握りのIT長者を生み出すものの雇用創出は二の次になってしまうことも多く、社会格差の原因にもなりかねないものでしたが、本来のイノベーションとは、広く社会の人々の生活をよくするためのものであり、格差を助長するためにおこなわれるものではないはずです。
例えば日本の中小企業は全国の雇用の創出の7割を創出していますが、多くの事業者は人手不足に悩まされており、DXによる生産性の向上が求められています。DXによる抜本的な改革を行う上で、このような中小企業が置き去りになってしまってはいけませんし、地方が取り残されてしまってはいけません。
とはいえ、デジタル化の必要性を認識していても、予算の折り合いがつかないといった中小企業の声も多くあると思います。ノーコード開発ツールは、少ない学習コストと少ないリソースで、誰でも業務改善用アプリケーションを作ることができるものです。ノーコード開発は、これまでコスト面でデジタル化に送れていたような業界や企業にとっての現実的な解決策となると期待しています。
-今はまだデジタル庁がどこまで改革できるのかといったことに関して懐疑的な見方もありますが、どうお考えですか?
先日、デジタル庁の創設に向けた基本方針を年内に定めるために準備室が設置され、まずは行政のデジタル改革が本格的に始動しました。デジタル改革といったテーマは、何年も前から議論されてきたのにも関わらず、大きな改革にはつながらなかったという経緯があるため、眉を顰める国民の気持ちは理解できます。
しかし、今回のコロナ禍により、働き方の抜本的な改革が必要になったことで、政府や各省庁が一丸となって改革に取り組むという空気が生まれています。政府や各省庁の間での危機感や課題意識は、数年前とは比べようがないほどに高まっています。
デジタル改革が遅延したのには様々な要因が挙げられますが、それぞれの省庁が別々のベンダーのシステムを使っていたり、縦割り行政を包括的に管理する制度がなかったことが大きいと思います。そのため、デジタル庁は、関係省庁と民間から幅広い人員を集積して政府共通のプラットフォーム改革の推進と行政のデジタル化を徹底して統括する役割を担います。
社会を変える発想はどこに転がっているのか分からない
–最後に、今後の藤丸さんのデジタル改革やDXに関する展望をお聞かせ下さい。
海外の成功事例を研究することと市井の開発者や技術者の声を積極的に行政に取り入れていくことは常々、意識しています。例えば、エストニアのeレジデンシ―やデジタル政府のコンセプトは大きな成果を挙げていますし、35歳の若さで台湾のデジタル担当大臣に就任したオードリー・タン氏が采配したコロナ対策は世界名中で賞賛されていますね。台湾は、マスクの実名販売制を採用した際に、各店舗のマスクの在庫を把握する必要がありましたが、市井の開発者(シビック・ハッカー)が近隣店舗のマスクの在庫状況を地図アプリで表示できるアプリを開発し政府のスラックチャンネルに公開したところ、タン氏がそれを採用し、官民一体でその後の開発が進んだという経緯があります。
市井の開発者(シビック・ハッカー)のアイディアを上手く行政に取り入れ連携させたという点と、異なる価値を持つ省庁間を調整して、省庁横断的な対応したという点が、タン氏の采配の本質的な価値だと思います。
日本政府はこれまでもIT業界の第一人者を招致して、その知見を行政に取り入れてきました。経済界で成功を収めた方々の意見は大変貴重なのですが、過去の発明の歴史を振り返ってみても、社会にインパクトを与える発想というものは、本来どこに転がっているのか分からないものです。そのため、私は、その業界の第一人者の方々の意見に加えて、若い技術者や起業家の声も積極的に傾聴するように心がけています。
そもそもIT業界は、過去の実績や年齢に関係なく 価値を発揮できる世界です。これまで私が会ってきた日本のシビックハッカーの中には、そもそも匿名で活動していて実績が公になっていなかったり、10代の時からシステムの売却を繰り返しているような天才的な人物も多くいますが、どこで、どう出会えるのかは分からないものです。そのため、垣根を作らずに、行政とは遠い場所にいた人達の声を積極的に取り入れていくことは、政治家としての私が大切にする基本的なスタンスです。
【参考】
文・飯倉光彦