1.ノーコードツールの普及でエンジニアは不要になるのか
海外のスタートアップやGAFAを始めとするジャイアントテックにより、ノーコードツールは日進月歩で発展を遂げています。と同時に、ノーコードツールを利用しスピーディ・スマートに開発されたアプリやサービスの事例も、日本国内外を問わず増加傾向にあります。
一方で現在のアプリ・Webサービスの開発をリードしてきたエンジニアの中では「ノーコードは本開発に耐えうるものではない」という懸念や、「ノーコードが普及した場合、エンジニアが不要になるのでは」という疑問などの声も少なくありません。確かにノーコードツールはGUIでアプリケーションを開発できるという特性があるため、一見するとシステムとしての性能や安全面を開発で担保できるのか分からず、またもしできてしまう場合には、それはそれでエンジニアの仕事が奪われてしまうようにも見えます。
しかし、もしノーコードの普及はエンジニアを殺すものではなく、むしろエンジニアをエンパワーメントするものであったらどうでしょうか。
本記事においては、これまでの情報の民主化の歴史をたどりつつ、ノーコードはエンジニアの仕事をエンパワーメントするものであることを見ていきたいと思います。
2.企業がノーコード開発を採用する理由
まずは企業がノーコードツールを用いた開発方式を採用する際のロジックを見ていきましょう。
ノーコードツールの使い分け
そもそもノーコードツールと一口に言っても、現在のノーコードツールは想定利用ユーザーに応じて2種類にカテゴライズすることができます。
一つは個人や少数のチームから構成されるスタートアップなどで利用する汎用型のノーコードツールです。AdaloやBubbleといったツールをお聞きになったことがある方も多いでしょう。このツールはある程度決まったテンプレートが用意されており、そのテンプレートに従ってGUIをパワーポイントのように操作するだけで、テンプレートの機能を備えたWebアプリ・ネイティブアプリを作成することができます。
もう一つの形式が、大企業が基幹業務の見直しの際などに利用を検討する、toB向けのいわば特化型ノーコードツールです。ある程度の従業員を抱える企業が基幹系システムに毎年多大なメンテナンスコストをかけており、しかもいまだにメインフレームであることも少なくないことはエンジニアの中ではよく知られているかと思いますが、たとえばその基幹系システムを切り出した一部分やフロントエンドをノーコードツールで操作できるようにすることが可能です。
詳細はこちらの「ノーコード開発プラットフォームが社会に与える影響」の記事をご覧ください。
目的に応じて利用するべきノーコードツールは変わっていきますが、上記のいずれの場合であっても、企業がノーコードツールを利用する理由は究極的には「早くて」「安い」ことにあります。
スタートアップの場合、優秀なエンジニアを大企業が囲い込んでしまうことが多いことから、慢性的にエンジニアが不足している現状があります。その中でノーコードツールを利用すれば、採用コストをかけることなく、自分たちのアイデアを形にできます。大企業のシステム開発やサービス開発の現場であれば、通常「要件定義」「基本設計」「詳細設計」「開発」「テスト」といった複数のフェーズを経由します。各フェーズではビジネスサイドと開発サイドの成果物へのイメージのすり合わせ、プロトタイプの作成など細かい業務がいくつもありますが、いずれについてもノーコードツールを活用することで、少ない人数かつ短期間で実現・デリバリーできるのです。また業務改善のためのツールも、現場のニーズをもっとも熟知する社員たち自身で作成できるようになります。
企業にとってもっとも重要である、「限られたリソースの中で利益を最大化する」という原則を実現するためのツールとなり得るのがノーコードであるといえます。
3.エンジニアの仕事の本質
巷では「高い技術力を持ち、あっという間にトラブルを解決できる」「最新のテクノロジーや細かい技術について詳しい」といったエンジニアを良いエンジニアである、という言説をしばしば耳にすると思います。「エンジニアはコードだけ書いていればよい」という意見もあるでしょう。
もちろんエンジニアという仕事の特性上、そのようなスキルを持つエンジニアが重宝されることは事実で、否定されるべきものではありません。
しかし企業にとっての原則である「限られたリソースの中で利益を最大化する」という点を鑑みたときに、良いエンジニアに求められることとは、「QCD(Quality/Cost/Delivery=品質・コスト・納期)のバランスを取り、かつ、ユーザーにとって使いやすいサービスを作ること」となります(もちろんこれは前者の「技術に対する深い知識理解」と両立しうるものであり、どちらかを排除するようなプリンシプルではないことはここまでお読みいただいた読者の方であればご理解いただけるかと思います)。
具体的には、「求められる要求に対し正しく技術を選択できること」「ユーザビリティを考慮したUIの設計ができること」「費用の見積もりやスケジュールの引き方のバランスが適切であること」などが求められており、これらを実現できるエンジニアに対して、企業(そして市場)が高い評価をしているのが現状です。
この企業とエンジニアの構図はまさに2.で述べたような企業がノーコードへ求めるものの構図と同じです。つまり、ノーコードもエンジニアも企業の利益最大化という点で同じ目的意識を共有しているのであり、相反するものでは全く無いのです。それどころか、良いエンジニアであるために必要となるいくつものスキルの部分的なアシストをしてくれるのがノーコードであるということが、ここから見えてくると思います。
4.情報の民主化とノーコード
そもそもノーコードはこれまでの情報技術(IT)の進化の過程の延長線上にある概念です。
現在のITの技術は全て、限られた人間しかアクセスできなかったものを開放していくいわば「民主化」の一環として実現してきたものになります。
従来免許を取得した専門家しか遠隔地と無線通信をすることができなかったが、携帯電話の登場で誰でも無線通信をすることが可能になった。スマートフォンで無数のアプリを組み合わせることで、自分が欲しいコンテンツをカスタマイズすることが可能になった。Webサービスでいえば、WordPressの登場によって、誰でも簡単にWebサイトを作成することができるようになった。
これらの流れは全て、専門的な知識を知らない人間であっても、それらを勉強することなく標準化された機能を利用することで情報へアクセスすることができるようになる「情報の民主化」の一環であり、この情報の民主化によって、従来の専門知識への深い理解を持つスペシャリストたちは新しい仕事が増えこそすれ、需要が減ることはありません。WordPressの登場により、Webエンジニアという職業がなくなることはなく、むしろWordPress特化型エンジニアやテーマを作成できるエンジニアといった新しい職種が登場しました。
ノーコードについても、「コードを書くという専門性の高い仕事ができなくても標準化されたテンプレートを利用することで誰でもサービスを作成できるようになる」という情報の民主化の一環ととらえれば、ノーコードの普及によってエンジニアの役割や仕事が変わりこそすれ、その職業そのものはなくならないことは、想像に難くありません。
4.ノーコード開発によって変わるエンジニアの仕事
もし情報の民主化としてのノーコード開発が普及し、あらゆる開発の現場で利用されるようになった場合、エンジニアの仕事はどのように変わるでしょうか。
あくまでも可能性ですが、下記のようなロールが求められるようになるでしょう。
ノーコードツールを作るエンジニア
いわゆるAdaloやBubbleのようなノーコードツールそのものを作成するエンジニアです。現在のスマートフォンとOSの関係に近いでしょう。プラットフォームそのものを作成する、いわばインフラとしての価値を提供します。
ノーコードツールで満たせない要件を追加開発するエンジニア
ノーコードツールで標準化された機能を使っても作り切れない、企業や個人の個別のニーズに即した要件を実現するための機能をカスタム開発するエンジニアです。現在のITコンサルタントやSEのパッケージ導入・追加開発の関係に近いでしょう。
ノーコードツールを活用することでシステムを高速で作成するエンジニア
日々登場する新ツールや、既存ツールのアップデートをいち早く行い、各ツール毎の適正を把握してニーズに即したシステムを開発するエンジニアです。ツールの組み合わせによって最適なシステムを高速で作成できるという点で、ノーコードの色が強く出る職種となりうるかもしれません。
このようにノーコードツールが普及したとしても、新たな専門領域が誕生することで、エンジニアはより求められる仕事となりますし、エンジニアにとっても、負荷のかかる業務の一部もしくは全てを切り出してノーコードで代替できるようになる点で、協力なサポートツールとなるでしょう。
5.最後に
ここまでノーコードツールとエンジニアの関係についてみてきました。
本記事で、情報の民主化の一環として登場したノーコードツールは決してエンジニアの仕事を奪うものではなく、企業の利益最大化を鑑みるとむしろエンパワーメントできるものであること、そしてノーコードというより細分化された専門領域が誕生することで、新しいエンジニアの仕事が誕生する可能性がある、ということが伝われば幸いです。
NoCodeJapanでは、今後も国内外の最新の動向について配信していきます。